プロフィール

クリント

当ブログ管理人の 「クリント」 です。

 

工業高専を卒業してから約30年間サラリーマンとして必死に働き続けた後、自身の病気やその他の事情もあって50歳で脱サラし、それ以降は今日までネットビジネスと呼ばれる仕事を夢中でやってきましたが、気がつくといつの間にか年金をもらえる年齢になっていました。

 

若い頃は、いずれは外国に出て金髪のおねえちゃんと国際結婚でもして・・・のような夢を懐いていた時期もありましたが、現実はそれほど甘いものではありませんでした!

 

これまで生きてきた中でただ一つ叶った夢といえば、仕事ではありましたが3年間ほどヨーロッパで暮らす事が出来たという事です。

 

という事で、私と英語との関わり合いを中心に自己紹介をさせて頂きます。

 

子供時代からの道のり

小学校時代

父の仕事の関係で小学校3年生の時に転校した事もあって、転校してすぐのころは言葉や雰囲気になれず、約1年間ほどはイジメの対象にされていました。

 

小学校4年生の時に近所に住んでいたガキ大将と仲良くなり、それ以降イジメはなくなりました。

 

イジメられた経験もあってか、その当時大流行していたブルースリーの映画に影響され、警察道場で空手を習う事に!

 

ブルースリーの影響かどうかは分かりませんでしたが、私が入門してから1週間ほどのうちに子供から大人まで約30人位が新しく入門してきましたが、私が小学6年生になった頃には私も含めて二人しか残っていませんでした。

 

空手は、イジメられた経験があったせいか、もしもの時のためにという思いもあり、30歳くらいまで続けました。一応有段者です。

 

中学校時代

中学時代は空手の道場通いも続けながら、中学校の部活では野球に熱中する元気な野球少年でした。

 

中学2年の時には、その当時流行っていたグループサウンズ(古くてすみません!)にあこがれ、ボロボロのドラムセットを親に買ってもらい、「ドラムスコ!」と叱られながら毎日ドラムセットを叩いていたので、住んでいた田舎町ではちょっとした有名人だったと思います。(変人と思われていたかも?!)

 

高専時代

高専に入ってからは、どうしてもロックバンドを作りたくて校内でギターが出来る人間を探すと共に、無理やり興味のありそうな人間を引っ張り込んで、ロックバンド同好会なるものを設立し、楽器の練習に明け暮れる毎日を送っていました。

 

血のにじむような練習?をしたおかげで1年後には、他の大学の学園祭やダンスパーティーなどからも呼ばれるほどに成長し、一時は本気でプロを目指そうかと悩んだこともありました。

 

結局はそのレベルまで達する事は出来ず、プロの夢ははかなくも消え去ってしまいました・・・。

 

好きな映画や趣味

ブルースリー

出典:https://eiga.com/person/64266/gallery/0253570/

 

私の好きな映画といえば、やっぱりブルースリー主演の映画が挙げられます!

 

小学校時代からのあこがれもあり、いまだにブルースリー主演の映画を見つけると、ついつい見てしまいます。

 

それからもう一つはクリントイーストウッド主演のダーティーハリーシリーズの映画です!

クリントイーストウッド

出典:https://eiga.com/person/28641/gallery/0326595/

 

クリントイーストウッドはもう90歳近くになると思いますが、歳をとってからの監督兼主演の映画もやっぱりカッコよくて、今でも動画配信サイトなどで彼の作品を見つけては観ています!

 

ご想像通り、私のニックネームもクリントイーストウッド崇拝者ゆえのネーミングです。

 

趣味については、これといったものはこれまでも特になかったのですが、現在はオンライン英会話で可愛いお嬢さんたちに英語を教えてもらいながら、若い頃からの夢だった「英語を話せるようになる!」という目標に向って頑張っています!

 

私と英語との関わり

学生時代の英語の成績は常にトップクラスで英語にはかなり自信があったのですが、海外へ出た事をきっかけにして英語に対する自信が完全に砕かれてしまうことに!

 

突然の海外勤務命令

パスポート

 

32歳の時、突然会社よりベルギー工場とフランス工場の立上げメンバーに指名され、海外勤務を言い渡されました!

 

プロジェクト発足当時は、英語に関しては結構自信があったのでさほど気にしていませんでしたが、研修のためにベルギーからスタッフが来日し、彼らと会話を交わしていくにつれ、少しずつ自分の英語力の未熟さに気づきはじめました。

 

海外勤務スタート

海外勤務を言い渡されてから約1年後にベルギー工場が完成し、いよいよ工場立上げのため海外での生活がスタートしました。

 

駐在開始直後は、工場稼動の為の許可申請手続きや日本から搬入した機材の点検、設置、現地スタッフへの指導などに追われ、会社関係以外のご近所さん達などとの交流はほとんどありませんでした。

 

英語が全く通じない!?

ベルギーのカフェ

 

数週間ほどで工場もなんとか無事に稼動し始め、次は自分たちの生活の基盤を整えるため、まずは買い物をするスーパーや病院、ガソリンスタンドなどの場所を現地スタッフから教えてもらいました。

 

早速近所のお店屋さんへ行き、「Ten eggs and one source, please」と言ってはみたものの全く通じず、結局は店の中を探しまわり、やっとの事で買うことは出来たのですが・・・

 

この時ばかりは、自分の英語は発音が全くダメだと思い、かなり落ち込んだのですが、後で会社のスタッフに聞いたところによると、私が住んでいたところはベルギーの北部にあたり、オランダ語が話されているエリアとのこと。

 

そのため、英語を話せる人もたくさんいるのだが、少し高齢の人だと英語は全く分らないとのことで、ちょっとだけ安心したのですが・・・!

 

英語力のなさを痛感!!!

買い物などの場合は、言葉が通じなくても欲しいものを探してレジへ持って行きさえすれば、後はレジに表示されたお金を払うだけなのでなんとかなりますが、

 

・風邪をひいて病院へ行ったとき、何をどうすれば良いのか聞いても分からない!

 

・内科の場所を英語で教えてもらっても理解出来ない!

 

・自分の症状を英語で言えないためジェスチャーで伝えようとするがなかなか伝わらない!

 

・休みの日に町へ買い物に出て車を駐車する時に、パーキングのシステムを現地の人が一生懸命英語で説明してくれるが理解出来ない!

 

・住んでいたアパートの電気系統にトラブルが発生し、管理人に電話をかけて説明するが、なかなか理解してもらえない!

 

仕事上であれば、日本に来たことのある現地スタッフが、我々日本人の英語レベルを分った上で対応してくれるので、それほど困ることはなかったのですが、日常生活では前述のようないろいろな場面に遭遇し、一つの単語、一つのセンテンスが言えない、又は理解出来ないために、とても苦労したことを今でもはっきりと覚えています。

 

結局は問題を解決するために、トラブルが発生する都度現地スタッフを呼び出して対応してもらっていたのでなんとかなりましたが、現地スタッフにしてみれば、これほど迷惑なことはなかったと思います。

 

英語学習のやり直し!

英語力のなさを身にしみて痛感した私は、再度英語の学習に取り組む決意をしました。

 

ヨーロッパのど真中に滞在しているのだから、英語の教材のみならずフランス語やドイツ語の生の教材までもが回りにあふれているのだから、いろんな学習の方法があると思いましたが、とりあえずは日本から持参していた英語の教材を片っ端から学習し直すことにしました。

 

当初はどうなる事かと心配したものでしたが、3年目を迎えるころには現地スタッフからも「英語が上手くなったな」とお世辞混じりではあったにしろ言ってもらえる程度には上達したのかな? と勝手に思っていました。

 

ヨーロッパより帰国後、今度は中国工場の立上げへ!

中国

 

ヨーロッパでの生活が3年半ほど過ぎた頃、やっと日本へ戻れることになったのですが、帰国して間もなく、今度は中国工場の立上げを言い渡されました。

 

中国の場合は、駐在ではなく出張ベースでの仕事でしたが、中国語など全くやった事がなかったので途方にくれましたが、運良く香港事務所の現地スタッフが英語での通訳をしてくれることになったので、なんとか仕事をこなす事が出来ました。

 

ベルギー人も英語は母国語ではなかったのですが、香港の人が話す英語もかなり独特な発音だったので最初は苦労しましたが、考えてみれば私自身が喋っている英語はもっとおかしな発音だったに違いありません。

 

世界共通語としての英語の重要性を感じていた私にとって、更に発音の練習にも力を入れる必要性を痛感させられる経験でした。

 

電子部品メーカーへ転職(44歳の時)

自分の病気の事もあったのですが、家庭の事情でどうしても実家へ帰る必要が出てきたため、44歳での転職に不安を抱えつつもそれまでの会社を退職する事となりました。

 

やっとの事で入社出来た会社では、電子部品メーカーであったにもかかわらず、「インターネットを使ったパソコン教室」の運営に携わることができ、2年間ほどでしたが充実した日々を送る事ができました。

 

この時のパソコン教室の生徒さんで出張先のフィリピンから受講されていた方がいらっしゃったのですが、これがきっかけとなりフィリピン人の方も受講して頂くこととなり、ここでは、フィリピン英語に接する機会を得ることができました。

 

半導体製造装置メーカーへ転職(48歳の時)

この時の転職は健康上の問題によるものでしたが、この時も運よく自分の専門分野の仕事で採用して頂く事が出来ました。

 

この会社は海外への輸出も多く、たまにではありましたが英会話の能力が要求される場面があり、低価格のオンラインマンツーマンレッスンを数か月間受講する機会を得ることが出来ました!

 

この時が「インターネットを使って海外から英会話レッスンを行うオンライン英会話」との初めての出会いとなりました!

 

更に強くなる英会話習得への思い!

映画館

 

オンライン英会話と初めて出会ってからいつの間にか10年以上も経ってしまいました。

 

いろんなスクールでレッスンを受けてはやめ受けてはやめの繰り返しですが、たまにスカイプで話をするベルギー人の友人が話す英語もだいぶ理解出来るようになってきた気がしています。(そんな気がしているだけかもしれませんが・・・)

 

若い頃から継続する事が苦手だった私ですが、昔からの夢でもあるクリントイーストウッドの映画を字幕なしで観る事を目標にして、これからもオンライン英会話をメインの学習法として、気楽な気持ちで頑張っていきたいと思っています。

 

どうぞ宜しくお願い致します。

 

最終更新日:2019年4月25日